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2025年6月30日

一般集団を対象とした歯科に関する全国規模の調査に5年毎に行われる「歯科疾患実態調査」(厚生労働省)というものがあります。それにはむし歯や歯肉、口腔清掃の状態のほかに歯並びやかみ合わせ(不正咬合)についても調査対象としています。

不正咬合に関して2010年の調査ではもっとも多いのが叢生(乱ぐい歯)で43.1%、次が上顎前突(出っ歯)で32.9%でした。2016年では上顎前突が40.1%、叢生が26.4%と順位は逆転していましたが両者がもっとも多い不正咬合でした。

最近の矯正患者を対象とした全国規模での調査が日本矯正歯科学会で行われ、昨年の学会で発表されていました。それによるともっとも多いのが乱ぐい歯で37%、次が上顎前突で25%でした。今の日本では一般集団も矯正患者もどちら多い不正咬合は乱ぐい歯と上顎前突ということになっているようです。

当院でも治療に訪れる患者さんに変化があるように以前から感じていましたので、その実態調査を行ってみました。対象に2010~2013年と2020~23年の各4年間に診断した患者さんとしました。

それによると、乱ぐい歯の状態がやや重度になってきていること、そして上アゴと下アゴの位置関係が上顎前突の関係、つまり上アゴは前方に、下アゴは後方に位置している場合が多くなってきていることが分かりました。比率では叢生がもっとも多く、次が上顎前突でした。それに対して、前回話しました反対咬合(受け口)は減少していることも分かりました。

この半世紀の間に矯正歯科を取り巻く状況に変化が起きており、私達矯正歯科医も以前とは違った対応をしていかなければならなくなっていると考えています。

令和7月6月のある日

2025年5月30日

矯正治療で治す対象となるお口の状態を「不正咬合(ふせいこうごう)」といいます。歯科での別の分野では「咬合異常」とも言います。最近の学校の歯科検診では従来までのむし歯や歯肉の状態、プラークの付着の程度、アゴの動きなどを診ることのほかに不正咬合の有無もチェックしています。

不正咬合は大きく2種類に分けられます。一つは上と下の歯の噛み合わせの異常、もう一つは上下それぞれの歯並びの異常です。

噛み合わせの異常では出っ歯(上顎前突)や受け口(下顎前突、反対咬合)が代表的なものです。そのほかに上と下の前歯が開いている開咬(かいこう)、その逆に上の前歯が下の前歯を半分以上おおっている過蓋咬合(かがいこうごう)があります。歯並びの異常では凸凹な歯並びや八重歯になっている乱ぐい歯(叢生(そうせい))や歯と歯の間にすき間があるすきっ歯(空隙歯列弓)があります。

このように不正咬合にはいろいろな種類がありますが、中でも矯正治療を受けてでも治したい、良くなりたいと考えたり、今の状態に不便や不都合を感じたりするものが幾つかあります。

少し古い時代の調査になりますが、1970~1990年代に各大学病院の矯正歯科で調査した報告が7つ発表されています。それによるともっとも多い不正咬合は下顎前突で、全体の約40%を占めていました。次は叢生で20~30%、その次が上顎前突で10~20%でした。

その頃の北海道大学病院もほかの大学病院と同じく下顎前突の患者さんが多く、北海道は特に下顎前突が多いとも言われていました。その理由として子供のむし歯が多いから、と教えられたように記憶しています。けれど残念ながらその科学的根拠が発表されたことはいままでにはありません。      

令和7月5月のある日

2025年4月28日

医科や歯科での専門医とは「それぞれの診療領域において高度な知識と技術を持ち、患者に標準的で質の高い医療を提供できる医師や歯科医師」で、専門医制度の目的は「患者が安心して適切な医療を受けられるように、医師の専門性を明確にする目的で設けられています。」ということで、一般的には認定医より上位の資格の扱いで、現在は数十に上る分野の専門医が存在します。

2000年頃にそれぞれの学会が独自の専門医制度を設立し、専門医を認定してきました。歯科においても歯科麻酔や口腔外科学会を皮切りに小児歯科や歯周病などの専門医が誕生しました。

矯正歯科でも日本矯正歯科学会が専門医制度を設立し、2006年から専門医を認定してきました。私もその第一回専門医の認定を受けました。ところが、残念ながら日本矯正歯科学会の制度はある問題で厚生労働省からの認可が下りず、2014年に設立された日本専門医機構にその責務が移行しました。

このような矯正歯科の専門医制度の変遷の影響で「専門医」の名称も2021年には「臨床指導医」に変更されました。さらに、2024年にはその名称から「指導医」が抹消され、単に「臨床医」になってしまいました。

どのような経緯でこのように名称が変更になったのかについては一会員までは届いておらず、ホームページを見て初めて知りました。ある後輩が言っていました。普通、「臨床医」とは大学を卒業し、国家試験を合格したすべての歯科医師に対して呼ばれる名称なので、認定医や指導医よりも上位にある資格とはとても思われません。その通りかも、と残念に感じています。  

令和7月4月のある日

2025年3月31日

アライナー矯正についての最近の記事に次のようなことが書かれていました。
アライナー矯正の需要は伸びており、日本の市場は世界のトップ5に入る。一方で、安易に開始してトラブルとなっている事例も増加しており、歯科医師会や学会への問い合わせが絶えない。そのためアライナー矯正の特質を理解しておく必要があります。

この矯正治療はあらかじめ歯をどのように移動すればいいのかをコンピューターで予測し、それに基づき模型を作製、それを使ってマウスピースを作製します。
今までのさまざまな研究から、予測した歯の移動と実際の状態とを比較した「予測実現性」という数値が発表されています。それによると、実現性の高い順から歯の遠心移動(後ろに動かす)が85%、傾斜移動が82%、側方拡大が70%、捻転(回転)が62%、トルク(歯根の移動)が40%、挺出(歯を伸ばす)が30%で平均は60%でした。残念ながら100%近くの歯の移動は困難ということです。

現状でのアライナー矯正の適応症は抜歯をしない軽度な乱ぐい歯(叢生)や出っ歯(上顎前突)、受け口(反対咬合)、すきっ歯(空隙歯列弓)です。抜歯や厳密な大臼歯のコントロールを必要とされる重度の叢生、上顎前突、反対咬合、開咬などは適応症ではありません。

アライナー矯正にするかどうかを判断する場合は透明なマウスピースで目立たないし、取りはずしができるので楽そうな治療ということだけで決めてはいけません。
自分の状態が適応症なのか、それを正しく診断することのできる担当医は十分な矯正治療の知識と技量、経験を持っている歯科医師なのか、そして数年にわたり正確に歯が動くための時間マウスピースを装着し続ける意志を持っているのか、などを考えてみてください。

令和7月3月のある日

2025年2月28日

今月は矯正歯科の話をお休みして、2月4日に帯広十勝を襲った日本一のドカ雪について取り上げます。
「ドカ雪」とは一時に多量に降り積もる雪のことで、冬の北海道では時々起こります。
しかし、帯広市の今回のドカ雪は半端なものでなく、12時間降雪量が124センチと観測史上日本一を記録しました。ちなみに、第2位は本別町の109センチ、第3位は芽室町の107センチで十勝が独占しました。

私は半世紀以上にわたり北海道で暮らしていますがこのような積雪を見たのは初めてです。
前日の3日夕方から雪が降りはじめ、4日の昼過ぎまで大気はまっ白になったままでした。窓から見た街は人や車の通る道は消え、平日にもかかわらず人も車もほとんど見当たりません。街全体が死んだような静寂に包まれていました。

診療の予約が入っていたので、自宅から診療所のあるビルまで道なき道をズボズボと雪に足を突っ込みながら歩いて進みました。途中、駅前の道幅の広い道路では埋まっている車や動けなくなっている車の周りを除雪したり、押し出そうとしている人がいました。当然ながらこの日は休診です。

新聞によると、このドカ雪は温暖化が原因とのこと。気温の上昇により、本来は北極周辺にとどまる巨大低気圧「極(きょく)渦(うず)」が分裂し、その一部が北海道に南下したため、大陸から寒気を運ぶ偏西風が南に大きくずれました。寒気が離れたために道東沖の海面水温は平年より6度高くなり、接近していた低気圧は大量の温かく湿った空気を含んでいたため、帯広にドカ雪をもたらしたとのことでした。

今年の冬は例年になく雪が少なく、雪かきに苦労することのない過ごしやすい冬だと思っていました。でも世の中、そう都合よくはいかないものです。

令和7月2月のある日

2025年1月31日

今まさに発展途上にあり、治療を受ける患者さんが増加している「アライナー矯正」の抱える問題についてもう少し解説します。
従来のマルチブラケット装置による治療であるワイヤー矯正とアライナー矯正を歯の移動する距離と時間の点から比べてみます。

今のところアライナー矯正では歯の移動距離が短い歯を傾斜させるような移動や横幅を広げる側方拡大の治療にアライナー矯正は適しています(予測実現性 70-80%)。具体的には、すきっ歯や歯を抜かないで治せる程度の乱ぐい歯、軽度の出っ歯などです。

それに対して歯をたくさん動かさなければならないような重度の乱ぐい歯や出っ歯、受け口などは歯根を含む歯全体を長い距離動かさなければならないのでアライナー矯正では限界があり、ワイヤー矯正でなければ十分な治療効果が保証されません。

もう一つは時間です。どちらの治療でも歯を動かす生物学的反応は同じです。歯に加えられる力が歯の周囲の骨を変化させることによって歯は動いているのです。したがって、歯に加わる力が継続して長い時間に作用するほど歯は早く動きます。

ワイヤー矯正はブラケットやワイヤーが歯に固定されているため、患者さんの協力がなくてもある程度までの歯の動きは担保されます。

それに対して、アライナー矯正は取りはずしができるので、患者さん自身の努力と意欲に負うところが非常に大きくなります。
先生の指示通りにアライナーを毎日、十分な時間使っていると歯は計画通り動いてきます。しかし、使わなかったり、使う時間が短かかったりする場合には歯は動きません。

動かないばかりか、使わないと歯は元の位置に戻ってしまう「あと戻り」という現象が起こってしまいます。十分に注意が必要です。

令和7月1月のある日

2024年12月31日

先月の「院長一言」で、矯正歯科治療に関する一般の方からの質問や苦情の中の一つに「アライナー矯正」があることを話しました。2018年の院長一言にも同じことを書いていました。いまだに解決されずに続いているということです。それはなぜでしょうか?

アライナー矯正には沢山の利点があります。透明な材質で目立たず他人の目を気にすることがない、取り外しが簡単にできるので便利で歯みがきがしやすい、薄く違和感が少ないので歯の痛みや精神的なストレスをほとんど感じない、などです。
患者さんにとっては従来のワイヤー矯正(マルチブラケット装置のこと)とは比べものにならないほどとても快適な装置なので受け入れやすい、ということが大きいのではないかと思います。
確かに矯正治療を専門に行っている歯科医師の立場からもこれらの利点は十分に理解できます。

しかしながら、学会などへの質問や苦情がいっこうに減らないのは、やはりそれなりの理由があるのです。
日本矯正歯科学会のホームページで注意喚起していますが、アライナー矯正は今のところすべての不正咬合(歯並びやかみ合わせの異常)の治療に対して十分に有効ではない、ということです。そのため、正しく診断した上で治療することが重要になります。

理由の一つには2018年の3月~12月のこの記事で書きましたように、装置自体がもつ構造にあります。それらを克服すべくアライナー矯正についてさまざまな工夫や研究が続けられています。

アライナー矯正の限界の一つに歯の根(歯根)のコントロールがあります。最近の研究結果から実際にアライナー装置で治療された歯根のコントロールは予測された動きと比べると58%程度であったと報告されていました。

令和6月12月のある日

2024年11月30日

ご自分の歯並びやかみ合わせが気になっていて、矯正歯科治療を受けようかどうしようかと迷っている方は沢山おられると思います。そのような方が持っているいろいろな疑問をどこの誰に聞いたらいいのかよく分からない方も多いのではないでしょうか。

一般の方に対して矯正歯科の疑問に答えてくれる信頼性の高い窓口は現在のところ二つあります。一つは日本矯正歯科学会の「矯正歯科治療のQ&A」、もう一つは日本臨床矯正歯科医会の「矯正歯科何でも相談」です。
前者は学会の国内渉外委員会に所属する先生達が回答を作成し、学会の承認を得た上でそれぞれの質問にお答えしています。私もこの委員会に数年所属し、回答を作成していました。後者は矯正歯科を専門に開業されている先生方の学会なので、矯正歯科の専門医としての見地で質問にお答えしています。
いずれもそれぞれの学会のホームページから質問を送信することができます。

一般の方からの質問件数は5、6年前から急増しており、それぞれの窓口に年間4~500件の質問が届いています。そのほとんどは矯正治療でのトラブルに関するものです。最近の日本臨床矯正歯科医会の「矯正歯科何でも相談」でもっとも多いトラブルの原因は「術者の技量や資質に関する問題」で半分以上でした。
治療期間が長い、なかなか良くならない、十分な説明が聞けない、治療に不満がある、先生やスタッフの対応が良くない、などです。最近の特徴としてアライナー矯正についてのトラブルの増加が報告されています。
その次は「治療契約に関する問題」でした。治療の中止や転居などに伴う治療継続についての質問などがあります。

事前に矯正治療を受ける歯科医院を十分に調べておくことが重要になります。

令和6月11月のある日

2024年10月31日

毎年秋に日本矯正歯科学会の学術大会が開催され、今年は横浜のパシフィコ横浜が会場でした。6000千人以上の会員が所属する日本で一番大きな矯正歯科の学会なので、大きな会場が必要となります。

一昨年、学会の主導で「小児の不正咬合に関する大規模調査」という疫学調査が行われました。当院も調査に協力しました。その中間報告が発表されていましたので紹介します。
18歳以下の初診時矯正歯科患者を対象に、性別や年齢、不正咬合などの詳細を調査するもので、全国の29の大学病院や40の歯科診療所から回答が集まり、患者数は総数11.608人でした。

年齢別では6~12歳以下の小学生が70%でもっとも多く、80%が自費診療で20%が保険診療でした。大学病院の方が診療所よりも保険診療が若干多かったようです。性別では女子が57%、男子が43%で男女にそれほど差はありませんでした。

不正咬合の種類では叢生(乱ぐい歯)が37%でもっとも多く、次が上顎前突(出っ歯)の25%、下顎前突(受け口)の16%、過蓋咬合(深いかみ合わせ)の6%、開咬(上と下の歯が離れている)の3%でした。叢生は上顎前突や下顎前突の場合にも合併して生じますので、大きな比率を示しています。

叢生の次に多いのが上顎前突でした。三十年以上前の歯科矯正学の教科書には大学病院の8割近くが下顎前突であったと記載されていました。また以前は欧米では上顎前突が、日本では下顎前突の治療が多いと言われていました。ところが今回の調査では下顎前突が2割を下回っていたのに対して、上顎前突が下顎前突を上回っていました。このことは日本の矯正歯科治療が大きく変化していることの背景であると考えられます。

令和6月10月のある日

2024年9月30日

日本歯科専門医機構という社団法人があります。
専門医を取得するための条件の一つにこの機構が提供する共通研修の修得があります。
先日、その一つである「患者と医療者の情報共有」というタイトルの研修を受けました。講演はささえあい医療人権センターの理事長・山口育子先生で、「賢い患者」(岩波新書)の著者です。

患者からの相談でもっとも多いのが「ドクターへの不満」で次に「症状について」、「説明不足」、「治療方法」、「コミュニケーションの取り方」が続きます。
歯科の相談は全体の約5%で長時間を要する相談が多く、説明不足や治療費に関するものでは実際にトラブルに発展しているものが多いとのことでした。そのほか信頼できる歯科医探しや治療途中での転院問題もあるとのことです。

インフォームドコンセントの必要性や患者の自己決定権が重要であり、すべてを伝える時代になっている背景から「患者が決めること」と丸投げされることが多い。
しかし、実際には患者は先生の説明内容を十分に理解していないことも多いというのが現実です。
この状況を改善する方法としてインフォームドコンセントの成熟、すなわち先生からの十分な説明と患者の十分な理解を通じた患者・医療者間の情報の共有が重要になるとのことでした。
情報の共有のため、患者側としては自分が理解できていないことに敏感になり、うまく情報を引き出す工夫や思いを言語化する努力が必要になる。医療者側としては、患者の知りたいことやこちらが伝えたいことの情報の提供、伝え方を工夫し分かりやすくする、患者の理解の確認などをする努力が必要になってくるとのことでした。

日々の診療でついつい早口で説明してしまうことの多い自分にとっておおいに反省させられた研修でした。

令和6月9月のある日

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おびひろアート矯正歯科 院長 今井徹
おびひろアート矯正歯科
院長 今井徹

【所属学会】
日本歯科医師会
日本矯正歯科学会
アメリカ矯正歯科学会
日本臨床矯正歯科医会

【経歴】
1979年3月 北海道大学歯学部卒業
1983年3月 北海道大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
1983年4月 北海道大学歯学部助手
1985年3月 北海道大学歯学部附属病院講師
1990年7月 日本矯正歯科学会認定医
1991年5月 文部省在外研究員としてアメリカ留学
1991年11月 北海道大学歯学部講師
1992年9月 日本矯正歯科学会指導医
1993年4月 北海道大学助教授
2000年8月 おびひろアート矯正歯科を開業
2006年11月 日本矯正歯科学会臨床指導医(旧専門医)